オマケやら雑文やらウサ晴らしやら。

今宵は毒電波ゆんゆんモード

ども、いきなりですが毒電波くんです。

今日はB型インフルエンザ罹患で体内に溜まった「毒」を吐きます。いわゆる「毒電波」です。いつも言っていることではありますが、あまり真に受けないでください。

そもそものきっかけは、少し古い話になりますが、VRMスーパーバイザーの一人であるKZ氏が「ぶいあ〜るえむ」内のblogに書いていた独白に遡ります。

曰く「VRMってどういう位置づけにあるソフトなんだか分からなくなってきました」云々。氏の問題提起を要約すると、(A)鉄道模型レイアウト設計ツールとしてのVRM(B)仮想鉄道を楽しむツールとしてのVRM、を対立的に捉えた上で、VRM4がA/Bのどちらを指向しているのかわかりにくい、というようなことになります。

以降、本稿はKZ氏の思考を批判する方向に進みますが、氏が(B)仮想鉄道を楽しむツールとしてのVRM、を代表する論客の登場を待望することには素直に賛意を示します。個人的にはRyoma氏、fox氏の新スーパーバイザー2名に期待していますが、少し方向性が違うような気もします。

ちなみに、今だから書きますが、以前KZ氏が拙稿「VRMへの改善提言」の批評(と本人は思ってるけど全然なってない)を公開したことがありましたが、アレには正直失望しました(だから当時は敢えてまったく反応を返しませんでした、バカな水掛論争は望むところではないので)。KZくん、キミはもーちょっと物事を・・・(以下略)。

 

今さら改めて強く主張するまでもなく、また同文中でも氏が、ghostを(A)の立場を代表する人間として取り上げておいででしたので、興味を惹かれてコメントを投げてみました。これに対し、KZ氏は、ghost同様に(B)の立場を代表する論客の登場を望む旨を答えました。

さて。

ghostは、このやりとりの中で、狭くはKZ氏、そしておそらくは多くのVRMユーザーの思考の限界のようなものをちょっと感じてなんとなく孤独な気分に陥ったワケです。今日はこれを手がかりにVRM4、そして来るべき(やや気が早いですが)次期バージョンの課題について考えてみようという趣向です。

<気分転換にサンライズ出雲でもどーぞ>

写真は本文とはまったく関係御座いません(以下同)。先だって湯治に出かけた山陰旅行のフィードバック、ということで。

ghostが感じた「限界」というのは、一言でいうと、前述の(A)鉄道模型レイアウト設計ツールとしてのVRM(B)仮想鉄道を楽しむツールとしてのVRM、の2つを対立的にしか捉えることの出来ない思考、とでも言うべきものです。古くはVRM会議室におけるなかもず氏の論考、最近では啓明氏はやぶさ氏のWebの成長の流れにも似たような考え方を見出すことができます。極言すれば、これらの論客の思考においてはリアル(手で触れられる、という意味においての)鉄道模型とVRMは、「鉄道」というキーワードでかろうじて接点を保っているだけで、実際のところは分離している、といった感じです。

本件に限らず「二項対立」的な思考に陥って事の本質を見誤ることは、古今東西類例に欠かない人類共通の病みたいなものなので、別に悪いことではないです、念のため。私は「批評」しただけです。「批判」はしてません。>取り上げた各位

かく言うghostの認識は若干趣を異にしておりまして、歴史的な順序性を無視していますが、VRMは既存のリアル鉄道模型すべてを包含する概念であると解釈しております。すなわち、一般にVRMは【「鉄道模型」をPC上に模したもの】と認識されているのに対し、ghostの理解によるとVRMが模しているのは「鉄道模型」そのものではなく、「鉄道模型」という概念を包含している【「鉄道」を模する行為そのもの】なのであります。

念のために補記しますが、ghostは「後出しジャンケン」は無視します。

つまり、従来、鉄道模型をおこなう者が、プロトタイプとなる「鉄道」から「鉄道模型」を生み出すにあたって言わずもがなに脳内で処理してきた過程こそが、VRMによってシミュレートされている「もの」なのではないか、と、このように考えておるワケです。この考え方に立脚した場合、VRMはリアル鉄道模型と対立するものではなくなり、むしろ、リアル鉄道模型をも包含するもう一階位上の概念【鉄道を模する】と一対一対応するものである、と言うことができます。

前段で一部のVRMユーザーに対し辻斬り放置状態なので、ちょっとフォロをいれます。

そもそもは、開発販売元であるI.MAGiC社がVRMの魅力というか秘めたるポテンシャルをユーザー向けにちゃんとプレゼンテーションできていない、というのがそもそもの問題と思われます。I.MAGiCの経営体力がVRMの開発販売を継続するのでやっとなのか、あるいは、そもそもI.MAGiC自身が自ら生み出したVRMの鉄道趣味史における意味付けを見出せていないのか、はわかりませんが。

要するに、前段で「限界を感じる」と評したネットVRMユーザー(この用語については後述)は、決して無能力なのではなく、極普通のVRMの活用方法を一般以上の水準で他者へ向けて発信出来ている人たち、ということです。

ハッキリ言って、歯牙にもかからんへぼユーザー(含むスーパーバイザー)多過ぎます(ぉぃ!!

<気分転換にスーパーおきでもどーぞ>

さて。

ここまでの話をご理解いただいた上で(正直、理解してもらえると思ってませんが)、改めてKZ氏の感じている違和感に視点を戻しましょう。氏はその違和感を、VRMの方向性がリアル鉄道模型とPC仮想鉄道の間で揺らいでいると捉えておいでのようですが、前述したように、これはそもそも対立点としては成立しないものです。

とは言え、KZ氏が違和感を感じているという事実は否定できないものであり、また、かく申すghostもまた、VRM4リリース以降、なにかモヤモヤとした違和感を感じていたのも事実であります。

で、つらつらとVRMユーザーのWebを散歩していたら、このモヤモヤ感に一筋の光明を与えてくれる文章に突き当たりました。それは、ネットVRMユーザー最古参の一人であり、独自のストロングスタイルに定評のあるTatsuo氏の文章です。

余談ながら、氏の魅力は、独自の作風薫るレイアウトもさることながら、レイアウトの公開に合わせて上梓される「VRMへの想いあれこれ」と題された小文にあると考えるのは、おそらくはghostだけではないでしょう。エッセイ風の筆致を抑えた書き様は、一見して単に感想を述べているだけのように見えて、その実は、極めて深い洞察からなる鋭い指摘を多々含んでおり、毎々回々、レイアウトを拝見するよりも前にじっくりと舐めるように拝読させていただいておる次第です。

敢えて「ネットVRMユーザー」という妙な新語を使ってますが、これは、ついつい忘れそうになりますが、ネット上でヤイヤイ言っているVRMユーザーというのは、実は全VRMユーザーのほんの一部に過ぎないはずだ、という考えに基づいてのものです、念のため。

残念なのは、氏は小文の過去ログを公開しておられないので、時間の経過と共に遡ることが出来なくなることです。今回の小文もTatsuoさんの興が昂じて次作がリリースされる際に流されてしまうと思うので、やや長くなりますが以下に「一筋の光明」を含む部分を全文引用したいと思います。

Tatsuoさん。コスト的に問題がないのであれば、これから以降だけでもいいので過去ログ残すようにしてもらえないっすか?

(前略)

 スクリプトに絡んで思うことがあります。

 公開されるレイアウトに配置されている編成を、見る人が持っていないという場合のことです。(編成にはスクリプトが組み込まれているということを前提にしています。)今まで(引用者註:VRM3のこと)であれば持っていない編成は削除したり、または自分の持っている別な編成に入れ替えることでそのレイアウトを見ることが出来ました。
 しかしVRM4の場合はその編成に伴ってスクリプトがあちらこちらに設定されていますので、今までのように編成を削除したり編成を入れ替えたりすると、このスクリプトがレイアウト上に残ってしまいビュワー起動時にエラーになってしまいます。(例えばセンサーが残るなど)
 編成の削除や入れ替えに合わせてそれに関わっているスクリプトすべて修正できればよいのですが、実際問題としてはどこにどのようにスクリプトが組まれているかは第三者には判らないため、見る人がこれを修正するというのは非常に難しいことだと思います。
 このため折角レイアウトが公開されても、持っていない車両がひとつでもあると、そのレイアウトをまったく見ることが出来ないということになるので誠に残念なことです。
(後略)

正直言うと、Tatsuoさんの書いておられることが技術的に正しいかについてはghost自身検証してません。が、いずれにせよ、氏の指摘(というか危惧)の骨子は妥当であると思われます。

この文章を読んで「何を当然のことを・・・」としか思わない貴方、はっきり言って思考がヌルいです、ハイ。この文章には、ghostの、そしておそらくはKZ氏の感じる違和感、そして広くはネット上で活動している大半のVRMユーザーが感じているであろう「モヤモヤ」に関する鋭い指摘が含まれているからです。

<気分転換に雪中のキハ48でもどーぞ>

雪の築堤萌ぇ〜〜〜

それが何か、と言いますと、抽象的な表現を使うとVRMは(a)個人の鉄道を模する行為をサポートするツール、なのか、それとも、(b)鉄道を模する行為をおこなう個人間の相互交流を加速するツール、なのか、という揺らぎです。本質的に「鉄道模型」という趣味は、極めて個人的な体験である、と言っていいと思います。例外はもちろんありますが、鉄道模型の作品は可搬性に乏しく、大抵は個人で収蔵されて多数の目に触れることなく埋もれるものだからです。

この経験に可搬性をもたせる試みとして、書籍・雑誌を媒体とした文章化や写真があるワケですが、ちょっと想像してみればわかるように、文章や写真は鉄道模型そのものではないため、表現者が伝えたいと願う事柄の大半は文章化・写真撮影の過程で(情報論的に)失われてしまいます。少なくとも、従来の鉄道模型とはそういうものでした。多くの鉄道模型雑誌が良かれ悪かれタコツボ的様相を示す傾向がある真因もここにあると言ってしまって良いでしょう。

本稿では敢えて海外での各種の事例を無視してます。このような傾向は、ある意味においては我が国の鉄道模型界独特の問題とも言えますが、雑多になるので割愛。

これに対し、VRMは、後述する問題を除外して考えれば、ある個人の鉄道模型(ここでは広義に鉄道を模する行為全般を含む)体験に極めて高い可搬性を与えることが可能なツールであると言うことが出来ます。まぁ、これはVRM自体がどうこう、というよりも、電脳メディア全般に共通する性質なのですが。それはさておき、とにかくVRMには、従来極めて個人的な体験に留まっていた鉄道模型体験を、広く同好の士と相互交流することを可能にするポテンシャルが潜在している、としておきます。

然るに、ここにVRMの仕様上の限界が立ちはだかります。この傾向が顕著になったのは、I.MAGiC社がVRM3以降、車両と数種の部品をまとめてパッケージ売りする戦略(いわゆる〜号、という売り方)を選択して以降ではないか、と考えるのは妥当であると思われます。この戦略(の良し悪しはさておき)により、VRMは規格に準拠した部品が豊富になればなるほど、鉄道模型体験をシェアできる相手を失ってしまう、というジレンマを抱え込むことになりました。

ここで「パッケージ売り」以外の可能性を論じておくのは無駄ではないでしょう。

すぐに思いつくのは「レイアウターで利用できる部品」と「ビュワーで利用できる部品」を分離してしまう、という手法です。すなわち、あるパッケージを購入したユーザーはそこに含まれる部品を含むレイアウトを作ることができるようになる一方、購入していないユーザーはその部品を含むレイアウトを作ることはできません。

一方、そのレイアウトをビュワーで表示しようとする場合、ユーザーはVRM3システムの正規ライセンスさえ取得していれば表示が許可されるものとします。具体的な実装としては、I.MAGiC社にビュワー用の部品データを保持した「部品サーバー(仮称)」を設け、ユーザーがビュワーを起動するとビュワーはレイアウトの表示に必要なデータを部品サーバーにインターネット経由で取りに行く、というのが妥当なところでしょう。

この方式の問題点は、あらゆるユーザー(賢い人からちょっと足りないな人まで)に便利な部品サーバーを作ろうとすると、それが悪意のある攻撃者の格好の的になってしまうという点で、おそらくはこれがこの方式が実現しない最大の理由であろう、と思われます。

よく言われることですが、VRMのコンセプトは極めて優れているのですが、まだそれが具体的に構築されるプラットホーム(PC性能、OSのユーザービリティ、ネットワーク、セキュリティインフラ)の成熟がその優れたコンセプトに追付いていない、というのが妥当な評価であるように思います。

<気分転換にやくもでもどーぞ>

少し脱線して、この戦略の妥当性を考えてみましょう。果たして、パッケージ売り戦略は間違っていたのでしょうか。ghostの評価としては「戦略自体は妥当だが、売る相手を間違えている」になります。

その心は、パッケージ売り戦略は、買い手=ユーザーが、ニーズに応じてパッケージを追加購入する潤沢な資金に恵まれている場合にその効果が最大になります。が、実のところ、VRMのユーザー層は押しなべて可処分所得が低いように見えます。この結果、幸いにして資金力もある突出したユーザーはどんどん孤立化し、資金力のないユーザーは「何を今さら」的にモチベーションを削がれて進出の機会を失う、という、ある意味において、負のスパイラルを生んでいると。

 

<気分転換に出雲でもどーぞ>

閑話休題。

前述したように(営業上の強度要請として止む無いことと理解はできるものの)VRMのパッケージ売り戦略は、本来「鉄道を模する行為の可搬性」が命であるはずのVRMにおいて、自己矛盾する性質となっています。機敏なユーザーは昔からこのことに気づいていて、使用する号を自ら限定したり(この極北にしおじさんの1パッケージレイアウトがあることは今さら言うまでもない)あるいはVRMのプラットホーム性を放棄する=スクリーンショット・動画による体験のシェア、等の工夫をおこなってきました。

なぜghost以外のVRMユーザーは動画作りを継続できないのでしょうか?(嫌味でも何でもなく、ボクの素の疑問)

1パッケージレイアウトも、せめてあと二人担い手が出てくると面白くなると思うんですが。誰か挑戦しませんか?

さて、VRM4に至り、I.MAGiC社はパッケージ売り戦略の堅持を選択したように見えます。このことには異を唱えるだけ無駄なので捨て置くとして、ここでやっと冒頭のKZ氏の感じる違和感、そしてTatsuo氏の不信表明に話が戻ってくるのですが、VRM4の目玉の新機能でありながら、敢えて言い切ってしまうならば「極めて中途半端な実装」と評せざるをえない「スクリプト機能」は、ただでさえ問題の多いVRMの「鉄道を模する行為の可搬性」に致命傷を与えてしまいました。これがTatsuoさんの小文から読み取るべき骨子であり、この点を明らかにしてくださった同氏に深く謝意を示すとともに、自らここへ至れなかった自分自身を恥じ入る次第です。

VRM4のスクリプト実装の最も中途半端な点は、記法についてはオブジェクト指向言語に倣っているにも関わらず、VRM上のオブジェクトとの関係づけを物理的な表記位置に頼るという致命的な設計上の間違いを犯している点です。

本当は、スクリプトをストアする領域を1箇所とし、もう1つ仮想の名前空間を挟んで、間接的にVRMオブジェクトとスクリプト(メソッド)を結びつけるようなデザインにすべきだったと思います。もちろん、そのようなデザインを使いこなせる人がいるか(実際のプログラミング言語でも、ghostの知る限りこの問題に対する決定的な解法=低リテラシ者でも使いこなせるオブジェクトブラウザI/Fは存在しません)どうかは別問題ですが。

<気分転換に雪中のスーパーまつかぜでもどーぞ>

今ひとつ「何が致命傷なのか」ピンと来ない人もいそうな気がするので(それ以前に、ここまで理解しつつ読めている人もほとんどいないと思いますが)もう少し展開しておきましょう。前述したようにVRM3には、「パッケージ売り」というユーザー間の相互交流を阻害する要素がありました。が、これはあくまでも販売形態によるものであり、ユーザー側のパッケージの組み合わせやレイアウト作りの手法の工夫で(これでさえ、かなり人を選んではしまいますが)なんとか回避できるものでした。これに対し、VRM4のスクリプト実装は、VRMの仕様自体の問題であるため、一般水準のユーザーが自ら解決するには、あまりにコスト(労力・知力など)が高くつき過ぎるのです。

言い方を換えましょう。VRM3のパッケージの問題は、決して楽な問題ではないにせよ、ユーザーの「誰かとこの体験を分かち合いたい」という想いをくじかせるほどではないと言えます。これに対し、VRM4の仕様上の問題は、「こんなに大変なら独りで楽しんでりゃいいや」とユーザーに思わせるほど大きい、ということです。

運転やギミックの自動化の実現だけであれば、はっきり言ってスクリプト実装なんて不要です。

これは実際にTOMIXが今春リアルNで実装するアイデアですが、センサーレールに給電制御切替機構を組み込んだ自動運転システムよろしく、VRMのセンサー部品に任意のアクションを編成に与える機能を追加するだけでよろしい。

ただし、REしてないので(本当です、信じて・・・前も書いたな、コレ)断言できませんが、VRMは伝統的に車両オブジェクトの中に車両の見た目を規定するデータと動作を規定するプログラムが同居する(あるいはしなければならない)設計のように見えるので、よっぽど最初の設計をしっかりしておかないと、新機能を自動運転センサーに追加する都度、その制御を受ける編成側もアップデートしなければならないという泥縄に陥る可能性があります。

このへんがスクリプト実装の真相ではないか、と思うんですが、実のところはどーなんでしょ?

一方で、VRM4のインストールにインターネット接続が必要となった一件から察するに、I.MAGiC社には「VRMとインターネットは最早不可分である」という認識があるものと推察されます。インターネットと不可分、というのは、相互交流が欠かせないことと無関係ではあり得ません。ここでKZ氏の言うところの「VRMはどこへ行こうとしているのか」という疑問に回帰することになります。VRMは(a)個人の鉄道を模する行為をサポートするツール、なのか、それとも(b)鉄道を模する行為をおこなう個人間の相互交流を加速するツール、なのか。言い換えると、VRMは個人の鉄道を模したいという願望を叶えるのか、それとも、個人の鉄道を模す行為を分かち合いたいという願望を叶えるのか、というのが、本当の意味での対立軸のように思えるワケです。

対論/反論求む!!

ここまで読んだ人の八割(それ以上?)は、既にghostが何を言おうとしているのかわけがわからないと思いますが、まぁ、それはそれでいいです。単に私の思考速度/深度が常軌を逸してるってだけの話ですので。むしろ、私の議論についてこれてしまった方は、ご自身が精神を病んでいることを疑うべきやも知れません。

誤解を覚悟で書きますが、ghostの脳には本当に「異常」があり、常に脳内麻薬だだ漏れモードでブン回ってるんです。これは天才ではなく「狂気」です。

冗談はさておき。

本来であればこの後に「だからこうする/こうしてはどうか」という未来展望なり提案なりを付すべきところですが、現時点では現状に対する解釈を開陳するに留めたいと思います。ghostの中には既にある程度の私なりの解法があり、その一部は既に実践されつつあるのですが(わかる人にしかわからないとは思いますが)、今回の雑文を皆さんがどう読むのか、どう感じるのかを見てから述べても遅くないように思いますし、むしろ、ghostの伊達と酔狂が皆様をあらぬ方向へとミスリードするのを避ける意味からも、まずは問題提起までにしておいた方がいいような気がします。

いつの間にか変わったCHO氏のリンクページの拙Webの紹介文。「実践派」のワードはまさしくghostの面目躍如たるところ。正直、嬉しかったっす。CHOさんの過大な評価に多謝。

そういうワケなので、どんなことでもいいので(アホか、ボケか、死ねキチガイ!!もOK)何かここまで読んでいただいて思うことがあればBBSの方に書いてみてください。BBSで憚れるのであれば(IPアドレスが残ることを過剰なまでに警戒する人、意外に多いですから、アホっぽいけど)2ちゃんねるのVRMスレの方にでも匿名カキコで「霊魂の幽霊がアホなこと書いてるけどどーよ」みたいにやってもらっても可ですので。面白い展開になるようであればオイラも化けて出ますから。

実はコレをカキコしたのはボクです、ハイ。

VRMoviesはマジ半分・ネタ半分です。字面を捉えてご立腹なされぬよう、伏してお願い申し上げます。

 


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